「線引きをなくすのが一番大事」長年受入れを行う法人が大切にする
"個人"としての向き合い方
顕著な人手不足に陥っている介護業界は、外国人の方の協力が今後は不可欠。しかし、採用することに不安がある、という施設は多いのではないでしょうか。
今回取材した「社会福祉法人 福祉楽団」は、EPA制度での受入れが始まった当初の2008年に、インドネシアから初めての外国人介護士を迎え入れました。現在(2023年3月時点)はインドネシア・フィリピン・ベトナム出身の約40名の外国人スタッフが勤務しています。
2008年当時はまだ介護従事者を海外から迎えるという意識はほとんど定着していなかった中、受入れを決めたきっかけや採用後の実態について、マネージャーを務める上野さんに詳しい話を伺いました。
ーEPAの制度が始まった2008年頃から外国人の介護士を受け入れたとのことですが、きっかけを教えてください。
福祉楽団は理念の一つに「多様性を受け入れる」ことを掲げているんですよ。それを実践し、職場や組織の中に多様性を取り入れる目的で当初は始めました。
人手が足りないことを理由にして受入れを始めると、受け入れる側がネガティブになってしまいますからね。決してそうではないってことは、職員にも話していました。
ーまだ受入れ制度も整っていなかったと思いますが、スタッフの反応はどうでしたか?
戸惑いはあったと思いますが、大きな混乱はなかったです。職員には、EPAの仕組みと、インドネシアという国や宗教・習慣などを一通り伝えました。他にも、当時の日本とインドネシアの経済格差にも触れつつ、日本人と待遇や条件は同じであることも丁寧に説明しました。
ですので、外国人だからという理由で大きな問題は生じなかったですかね。
ー理念に沿った方針がしっかり成されていたことで、スムーズに進んでいったんですね。最初に受け入れた外国人は現地にまで会いに行かれたのでしょうか?
最初は2人受け入れたんですけど、EPA制度が始まった当初は受入れ前に直接会う機会がなく(※)、書面上でマッチングを行っていました。適正検査の結果や、簡単なプロフィールを見て決めましたね。
日本語があまり通じない中でどうやって介護を教えればいいのかって心配はもちろんありましたが、まず生活面でもかなり心配でした。差別や偏見があっちゃいけないと思ったので。
ー何かそのための対策はされていましたか?
彼らが住むアパートの近所の人達に一緒に挨拶に行ったり、あらかじめ回覧板で外国人の職員さんが施設で働くことを紹介しました。あとは交番まで一緒に行って、「何かあったらココに駆け込めば大丈夫だからね」って、駐在さんとも繋いだりしていましたね。
施設の入居者のご家族にも、近隣に回覧板で案内したのと同じように、「この施設で外国籍の職員が働き始めるよ」っていうことはご案内しました。 それに対して特にマイナスの反応はなくて「頑張ってくださいね」っていう励ましの声の方が多かったように思います。
※EPA:インドネシア、フィリピン、ベトナムの3国と結ぶ経済連携協定制度のこと。EPA制度で来日する外国人は介護福祉士の国家資格取得を目的とし、日本の介護施設で研修を行いながら試験の合格を目指します。
ーこれまでは受入れにあたってEPA制度を主に利用されているようですが、何か理由はありますか?
最初の研修プログラムが充実していることと、マッチングをしっかり行えば優秀かつ福祉楽団の考え方に共感した人が入って来てくれるところが大きいです。
ーミスマッチを減らせるということでしょうか?
そうですね。技能実習と比べると就労開始時の日本語能力が高いですし、特定技能ではオンラインの面接はしますが、言語が違う中では、法人の紹介をプレゼンする機会はありません。
EPAは私たちのことを知ってもらえて、かつ金額面でも負担が少ないので、時間と労力がかかってもやる価値があると感じます。
ーEPAの利用が一般的になってきたことで、倍率は年々上がっているような印象はありますか?
数字は分からないですが、上がっていると思います。あと、EPAはインドネシア、フィリピン、ベトナムの3か国から受け入れているのですが、インドネシアが一番優秀な人が来てくれる印象があります。
ー国によって性格に違いがあるということでしょうか?
おそらく口コミの力が大きいんだと思います。最初にインドネシアの方を受け入れているので、いい印象を持ってくれている先輩がいると、後輩も「じゃあそこで働きたい」ってなりやすいんですよね。
そういった、施設の労働環境の情報は外国人同士でも広くシェアされているそうです。だからいいと思ってくれていれば別の施設からも移ってきてくれるんですよ。介護福祉士の資格さえ取得すればどこでも行けるので。
ー来日当初は皆、日本語もたどたどしい状況だと思います。そんな中、どう指導していくのか、方針があればお聞きしたいです。
現場に入って3ヶ月間はマンツーマンで早番か遅番の職員にぴったりついて、業務を覚えてもらいます。3ヶ月である程度仕事を覚えられれば、早番遅番などの日勤帯の仕事は独り立ちします。
その後再び3ヶ月ほど続けて、問題なさそうであれば夜勤に入ってもらうフローを取っています。
ー最短だと働き始めてから7か月目で夜勤に入れるようになると。
そうです。ただ、今まではその最短期間を1年にしていたんですよ。でも教える側も慣れてきた感じがするので、短くしたのは今年からなので成果はこれから分かってくるイメージです。
ー慣れてきたというのは、何年も受入れてきたことによって教育の仕組みが出来上がってきたということでしょうか?
はい。「ケアコラボ」という介護記録システム(※)を使っているのですが、これは利用者の方々の情報共有だけでなく、職員の育成にも使えるんですよ。
外国人に限らず、新しく入ったスタッフは、ひとり立ちするまではこのシステム上で育成記録をつけていきます。何を教えてもらって、何ができるようになったかを記録して翌日の職員に申し送りとして残しておくことで、効率的に指導できるようになりました。
それまではExcelの「できる」「できない」のような2択だけのチェックシートみたいなものをつけていたんですけど、教育する側もスタッフによってレベルの捉え方がバラバラで、教えられる側も自分の技術が客観的に分からない状況でした。
ケアコラボのおかげで「○○さんのケアは、もう大丈夫ですよ」「○○さんはここまでできるようになったので、別の◆◆を教えてあげてください」みたいに、教育係同士で、情報を共有しながら指導をしています。
ー画期的ですね。ちなみに日本語能力の向上については何か取り組みをされていらっしゃいますか?
日本語はやはり伝わらないことの方が多いので、「ZENKEN NIHONGO 介護」という日本語教育プログラムを2023年1月から導入しています。これは動画での受講生の学習の進捗状況を一目で把握できるので、とても助かっています。
「ZENKEN NIHONGO 介護」についての詳しい詳細はこちら!
ーさっきおっしゃったような、口コミが広がって応募が来るようになったこと以外に、プラスの影響は何かありましたか?
日本人職員の日本語が丁寧になりましたね。 外国人にだけ伝わりやすくなったというより、きちんと伝えることを意識したことで、日本人同士もコミュニケーションがスムーズになったと思います。
ー自分自身も、日本語の使い方を見直しますもんね。
私も外国籍の職員さんと日常的に関わるおかげで、主語述語をちゃんと意識するとか、なるべく文節を区切るといったことをすごく意識するようになりました。 前はもっと雑だったかもしれないです(笑)
あとは最初に話した、法人の理念でもある多様性を築くという意味でもプラスですね。スローガンにするのは簡単ですが、実際に多様な人たちが一緒に働いて一緒に生活するのってすごく難しかったりします。
でも難しいからやらないのではなく、実際にやってみることで、段々と適応し、組織の中の多様性の風土が形作られていくってことなのではないかと思います。
ー逆に、予想してなかったような課題は出たりしましたか?
うーん。あまり「外国人だから」「日本人だから」って線引きをすることはないんです。外国人の職員がミスをしたとしても、日本人の職員がやったとしても予想はできていないので一緒かなって思います。
あとは何かしら問題が起きたとき、そういう時には日本語だけだと難しいので、通訳を交えたりしながらやっていました。なので結局は日本語の問題だけだと思いますね。
ー今の質問はまさに無意識に線引きをしたものでしたね。失礼しました...
でもよくそういう質問をされるんですよ。これから外国人を受け入れようとしてる施設の方に。受入れをうまくしようとするなら、日本人と外国人の間の線引きがなくなるようにするっていうのが一番大事なんじゃないかなって気がします。
私たちの施設の職員は、あまりそういうのを意識してないような気がするんですよね。「○○さんだから」という風に個別で見ていると思います。
ー福祉楽団さんがこれからも選ばれ続ける施設になるために必要なことって何だと思われますか?
私たち福祉楽団の理念やケアの考え方を、もっと浸透させることが大事かなと思います。
拠点によっては、まだ理解が浅いところがあります。浅いと教えられる人も限られてくるので、仕事への取り組み姿勢にどうしても温度差が出てしまいます。結果的にモチベーションが低下し、離職に繋がる可能性もありますので。
ー日本人スタッフに対しても中々大変な作業だと思うのですが、外国人のスタッフにもうまく行えているのでしょうか?
おそらくですけど、外国人の人は日本で働くこと自体がチャレンジングなことだから、どこの施設で仕事をするのか、という点については日本人ほど重要視していないような印象を受けます。
なので実際に仕事を始めたときに、想像してたのと違うと訴える人はあまりいないですね。
EPAの場合、母国で一定の経験を積んでから来日するので、介護の仕事に対してそれほどギャップがないのかもしれません。
ー外国人スタッフは色眼鏡を持っていないからこそ、純粋な気持ちで取り組んでもらえるということでしょうか?
それはあると思います。外国籍の職員は、決して生産性の低い仕事だっていう意識は持ってないですし、逆に日本で介護の仕事をすることがすごくポジティブなことだと捉えています。
自分達の仕事に対する海外からの視点を得ることで気付けることはたくさんありますね。
受入れ当時のエピソードから、教育体制や今後の展望まで、たっぷりお話を聞かせていただきました。外国人介護士の方を言語や出身国で線引きすることなく、しっかり一個人として向き合っている姿がとても印象的でした。
今後、外国人の協力が不可欠な介護業界において、受け入れ側がまず持つべきマインドは、無意識の内に生じる外国人の方との境界線を取り払うことなのかもしれません。